久保泉町上和泉部落の東、小さい森にあり、代々祭田を持ち年に一度神事が行われます。昔徐福一行が山に入る途中一泊した所といわれています。
久保泉町川久保から東の方へかけて、「隈」がついた山が7つあり、「川久保の七隈」といわれています。隈の語源は、辺ぴな片隅・奥まって隠れたところ・曲がりかどであって、山・川・道などの曲がったところ、物陰・秘密の場所をいいますが、川久保七隈はいずれも平地を展望する明るい古成層の丘陵です。これらの山々を開墾した時には多くの土器が出てきたことを、土地の人は話しています。
| 古い発音 | 当て字 | |
| ① | ほのくま | 日の隈 |
| ② | わさぐま | 早稲隈 |
| ③ | さきぐま | 茶臼隈 |
| ④ | こぐま | 孤隈 |
| ⑤ | なかぐま | 天童山? |
| ⑥ | おおくま | 帯隈 |
| ⑦ | すすくま | 鈴隈 |
(どとん)ドンダは中国語で土を盛り上げることをいいますが、土
を同じくドンダといいます。この地方では、例えば洗濯物を積み上げている様子を、「洗濯物をドンダてて」といいます。
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昔金鉱脈があり、神代氏が事業として掘っていましたが大量に出なかったので諦め中止されました。
徐福がこのあたりに住んだ理由の一つにあげられています。
スーフージの東南の角にあり、ここからはいつも水が溢れ出て、人工で灌漑がなされていたようです。
鋳物場所跡が見られます。(残渣をひそかに家に持ち帰った人もいます)
昔から神秘的な場所として土地の人が畏れ、敬っていました。崇福寺と書かれることもありますが、地籍簿にはカタカナで書いてあります。堀を巡らし、三重の土塁を築いてあり、地元の人は徐福屋敷と思っていたようです。