徐福伝説あらまし

 徐福とは、中国・秦の始皇帝の命令で、不老不死の仙薬を求めて渡来した方士の名です。徐福は日本では伝説扱いをされていますが、中国では、最古の歴史書「史記」にも書かれており、歴史上実在した人物として考証されています。

 紀元前210年、3000人の童男童女(多数の未婚の男女)、百工(多数の技術者)を引き連れ、稲など五穀の種を持って東へ船出し、平原広沢の王となって帰らなかったと伝えられています。日本では徐福渡来にまつわる伝説が、各地に見られます。中でも佐賀には徐福に関する伝説が集中しています。

 古来より中国に伝わる風水学では、北に山があり、南に広がる平野が運気が一番よい所とされています。北に脊振山系、南に佐賀平野が広がる佐賀は、これとぴったり一致する地形です。佐賀では徐福のことを親しみを込め、「徐福さん」と呼び、たくさんの話が残っています。

  有明海に面した諸富の浮盃(ぶばい)に上陸した徐福さんが、体を洗うために掘った井戸は、御手洗井戸新北神社にそびえ立つビャクシンの古木は、徐福さんが中国から持って来た種を蒔いたものだと言われています。不老不死の薬を求めて金立山へ向かう折、ぬかるんだ道に千反もの布を敷いたことから、千布(ちふ)という地名がついたと言われ、地元の人は、徐福に恋をし、悲恋のうちに死んでしまったお辰の魂を慰めるために、観音堂を造り、今でも花を手向けています。

  徐福が見つけた不老不死の仙薬は、佐賀市の北部にある金立山に自生するフロフキ(カンアオイ)であるといわれ、山の頂上付近には、徐福さんを祭る石造りの金立神社があります。五十年に一度の神社の大祭には、御神体は上陸地の諸富まで8キロの道のりを下ります。 (sue)